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アイン・ニヒトSS

Last-modified: 2009-06-14 (日) 13:15:12 (3630d)

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「いらっしゃい! 今日もいい野菜があるよ! 誰か買ってくかい?」
 今日もアイン・ニヒトは自身の正体を隠しながら人間の里で野菜や服を売っていた。野菜の方は相変わらずの人気で売れ行きがいいが、服は相変わらずの売れ行きだった。
「う〜む。なんで服は売れないんだろうか? フリルも多くてかわいいと思うんだけどなぁ?」
 アインは首をかしげながら手にした服――ゴスロリのワンピース――を見て呟く。彼女自身も漆黒のゴスロリドレスを身に纏っているが、長身と威風堂々とした物腰のせいで、愛らしい愛玩人形よりも神棚に祀られる神像の方がイメージに合っているような特殊な存在感を醸し出している。そんな状況でいくら可愛いとはいえ、神像が立っているような雰囲気な場所でゴスロリ服を買っていくような人はほとんど存在してなかった(まぁそもそもこの幻想郷でゴスロリ服を買う人の方がまれなのだが……買っている人のほとんどがリピーターである)。
 まぁそれはさておき、野菜は置いてある分はすでに売り切れていたので店を畳んで帰路にしようかと考えたところで店の前に一人の人物が立っていることに気付いた。
「すいませんがお客さん。もう野菜は全部売り切れましたよ」
 アインは客を見ずにいつもの決まり文句を口にした。だが、それに対して帰ってきた答えはアインの予想していたあらゆることとは違う答えだった。
「見つけましたよ。アイン。こんなところにいたのですか」
 聞き覚えのある声にアインは戦慄する。いや、正確にいえば昔に聞き覚えがあり、もう聞くことはないだろうと思っていた声であった。
 アインは恐る恐る振り返る。そこにあったのは確かに見覚えのある顔だった。
「閻魔王……」
「久しいですね……アイン。貴女が私の下から離れてもう何年になったでしょうか」
 閻魔王の一人。かつて私が従えていた直属の上司、四季映姫ヤマザナトゥがそこに立っていた。
「私が離れたのは前回の60年忌の間ですから……、もう60年ですか」
「もうそんなになりますか。月日が経つのは随分と早いものですね」
 閻魔王が遠い目をしながらそう言う。アインは気になったことを聞くことにした。
「ところで閻魔王は何しに来たんです? 今の反応から私のこと知って来たとは思えないんですが?」
「私ですか? しばらくの休暇をいただいたので、この機に説法をして回ろうと考えていたところです」
 閻魔王をそう言った後しばらく黙っていたが、ふいに口を開き、
「それにしてもアイン。随分と変わった格好をしていますね? 見たところ趣味だった農業を本格的に営み生活をしているようですけど、それにしてはその格好は少々奇異にみえるのでは?」
「……私の恰好はそんなにおかしいでしょうか? 確かに農作業を行うにおいてフリルが邪魔になっているように見えるとか、黒色が炎天下で働くには暑苦しいとか思われるとは思いますが……」
「いえ。勘違いしないでください。何も私は改めよといってるわけではありません。ただ、昔は作業衣を用いていたのに今はその服装でやっているのかが気になっただけです。というよりも本当にその姿で農作業を行っているのですか……」
「はい。そうですよ。確かにここにきてしばらくの間は昔と同じく作業衣でやっていましたが、あるときに人形師に言われたのです――」
 アインはそう言いながら、昔のことを思い出す。


 幻想郷に逃げ込んでからもう何年たったか忘れてしまったが、アインはすっかり使い込んだ作業衣を身に纏い、いつも通り野菜を売っていたが、今日はいつもと違い自作の衣服も店頭に並べていた。とはいえ、以前には手拭いや手袋などを並べて売っていたため、別段違和感は出ないはずだった。ただ、そこに置いてある衣服が漆黒のゴスロリドレスでなければ……。
 流石に異彩を放つそれを、男性は見ないふりをして野菜を買い、女性は着ている姿を想像して恥ずかしさから逃げて行った。子供は興味を持ったが、サイズが大人用であったために諦めて帰って行ってしまった。
 ほどなく野菜はほとんど売り切れ、店を畳むタイミングになってしまった。アインは売れ残ったゴスロリドレスを見てため息を吐く。
「あら? 随分と可愛いドレスじゃない?」
「!?」
 突然前方から声を掛けられてアインは驚く。そこに立っているのはたまにここらで人形劇や、人形を売っている人形師だった。
「驚かしたかしら? それならばごめんなさいね。それにしても、この服少し手にとってもいいかしら?」
 人形師の言葉にアインは「ええ、構いませんが」としか言うことができなかった。人形師がドレスを手に取り、いろいろと細工を見ているうちにアインも落ち着いてくる。人形師は一通り見てからアインの方に向き直り、
「ずいぶんと精巧に創られているのね。服飾の関係なのかしら? でも、貴女が店を出しているのを数回見た記憶があるけれど服を飾ってた記憶はないわね……」
「あ、いえ。私は農業を営んでいるものですから。その服は趣味で作ったものです」
「あら、そうなの? もしよかったらいろいろ教えてくれないかしら? 私は自分の人形の服を作っているんだけれど、最近はスランプ気味でね。どうかしら?」
「私でよろしければ。是非お願いします」
 人形師の提案にアインは頷いた。
「そう。よろしくね。私はアリス・マーガトロイドよ。場所はどうしようかしら? 流石に魔法の森に来てもらう訳にはいかないし……」
「魔法の森ですか? 普通に行けますよ? ああ、私はアイン・ニヒトといいます」
「でもあそこは普通の人間が来るところじゃないわよ?」
「いえ、私は人間じゃありませんから」
 アリスの疑問に対して、アインは正体を隠しているということをうっかり失念しながら言ってしまった。


「そう。まさか死神だったとわね。まぁなんで幻想郷にいるのかなんて聞かないわ。誰にだって事情はあるわけだし」
 うっかり人外宣言してしまった(さほど問題があるわけではないが)アインはアリスに引っ張られて、魔法の森のアリスの家まで連れてこられた。
「うっかりしてたわ。幻想郷に来てから様々なものを見てきてつい気が抜けてたわ」
「ああ、それが地なのね。今までのしゃべり方はどちらかといえば余所行きみたいな雰囲気がしてたから気になってたんだけれど……。まぁ、せっかくここまで連れて来たんだし良ければ今から始めてもらって構わないかしら」
「ん。構わないわ。それにしても人形師は接しやすいわね。思わず気が抜けてしまったわ」
「それはどうも。でもその人形師ってのはどうにかならないかしら? 一応先に名乗ったと思うんだけれど?」
 アリスの発言に対し、アインは笑いながらパイプに火をつけ一息つきその理由を話す。
「すまないすまない。ただ、昔の仕事柄で人物は情報の塊で認識してしまう。そのせいで私はつい名前よりも役職みたいなもんで呼んでしまう。すまないな。アリス・マーガトロイド」
「別にフルネームで呼んでもらう必要はないわよ。アリスでいいわ。……って貴女わざと私にこれを言わせたわね? もって回ったような言い方をしたと思ったら……」
「ははは、すまない。ただ、どう呼べばいいのかわからなかったからつい婉曲に聞いてしまったわ。それは謝罪するわ」
 アリスの言葉にまたもアインは笑う。その様子を見たアリスはため息をついたが、諦めて人形にお茶を入れさせる。
「別に謝罪がほしいわけではないからいいわよ。さてと、それじゃあそろそろ本題に入りましょうか。見てのとおりここの人形達が来ているのは全部私が作ってるわけだけど、ここ最近は少しスランプ気味なのよ。それでそこら辺をふらついてたら貴女がいたわけね。
 それにしても、ホント緻密に組まれてるわよね。趣味って言ってたけど貴女は着ないの? 別に作ることだけで趣味って風には見えないけれど?」
「ぐっ! そ、それは……」
 アインは思わず口詰まる。だが、それは痛いところを突かれて狼狽しているという訳ではなく、恥ずかしくて赤面してしゃべれなくなっているわけだが、
「ふうん。もしかして貴女……」
「わ、私だって着てみたいとは思う。だが、アリスぐらいならまだしも私のような背丈だとこういうのは似合わないだろう? 私にはこういった作業衣があっているんだ。そう、私には可愛い服は似合わないんだ。そうなんだ……」
 アインは発言と同時にどんどんテンションが下がっていく。
「(はぁ。地雷を踏んじゃったみたいね。でもまぁ)貴女の言いたいことは一応理解できるけれど、着たいんだったらまずは一度しっかりと着てみた方がいいわよ。それに、これ元々は自分で着るために作ったものでしょう? 見たところサイズもあなたと同じくらいだし」
「い、いやそれは誰かの為に作ったわけではないから、サイズを指定されずに作ったわけで、だから無意識のうちに自分のサイズで作ってしまったわけで――」
「ああ、もう! 四の五の言わずにとにかく来てみなさい!! 似合わなかったら似合わないってバッサリ切ってあげるわよ! わかったらさっさと着てきなさい!!」
 アリスが一喝する。アインは驚いて「はいっ!」と言ってドレスを持って適当な部屋に入って行った。そしてしばらくしてドレスに着替えたアインが出てきた。
「あ、あの……アリス? ど、どうかな?」
「やっぱり似合うじゃない。その漆黒のドレスは貴女の金の髪に合うと思ってたのよ。自信を持っていいわよ。少なくとも私は似合うと思うわ」
「あ、ありがとう……//////」
 アインは照れたように顔を赤くして目を伏せる。
「それに、自分の作ったものには自信を持ちなさい。例え他からどれだけの評価をもらえたとしても、作り主に評価してもらえなかったら、それはとても悲しいと思うわ」
「あ、そう……ね。確かにアリスに言う通りね。ありがとう」
「べ、別にいいわよ! じゃあ、今度こそ私に付き合ってもらうわよ。アイン」
 その後、いろいろあってアリスと仲良くなり、自信をもってゴスロリ服が着れるようになってからは、普段着にも仕事着にも使える服を自前で作り以降はそれを常に着るようになった。


「――ということがありまして」
「なるほど。今は随分と充実した日々を送っているようですね。昔のあなたは仕事をしているというよりさせられているといった感じでしたから、今の状態はいいことなのでしょうね」
「……閻魔王」
「さて、それでは私はそろそろ行くとしましょう」
 閻魔王はそう言って、背を向け離れていく。その背に向けてアインは、「ありがとうございました」とただそれだけを言った。
 閻魔王は振り返りもせず、ゆっくりと街の雑踏の中に消えていったのだった。
 アインはそれを見届けたのち、店を畳み始めた。
「さて、明日はどうなるかしら」
 アインは虚空を見る。そこにある複数の情報を総合し、何が起こりえるかを予測する。明日も何か面白いことがあるそうだ。そう思うと無意識に笑いがこぼれた。
充実した日々。確かに閻魔王の言う通りかもしれない。幻想郷に来てからずっといろいろなことが起こっていた。それらに巻き込まれたりする日々は確かに充実してると言えるだろう。
そう考えながらアインは帰路にたった。そんな充実した日々に胸をはせながら……。


Fin.

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