火浚 時音,火浚 音羽SS2 のバックアップの現在との差分(No.1)


SS本文

 私の名はメルセデス・ユーグスリット。遠い昔に火浚の始祖と契約を結び、以降火浚の末裔たちを見守る守護聖霊としてこの地に存在している。10数代前の火浚が死してから後、もはや火浚の者たちも私のことを忘却してはいるが、私は始祖との契約の下、火浚と直接関わらず見守っていた。そして、それはこれからも続いていくと思っていた。
 そう、火浚の直系血族の末裔。火浚音羽が現れるまでは……。


 火浚音羽は生まれながらに特異な能力を擁していた。彼女が持ちうる能力は「再現する程度の能力」。見たり、行ったことのある動作を正確に再現するという能力だが、彼女は、生まれた直度に聞いた両親の言葉を正確に発言してのけたのだ。
 だが、彼女の父親である火浚煉獄は度胸と気風のある男だったので動揺しなかったが、母親である火浚瑞葉は余りのことに驚き気絶してしまった。
 私は、長らく力の再来の起きなかった火浚の者たちに失望と諦めを持っていたので、火浚音羽の出現には、少しばかりの期待を抱いていた。
 火浚の血族は、古くから妖怪退治を生業にする者たちで、始祖やそれに近しい血を継ぐ者たちは、強大な力とそれを様々な方法で行使する術を持ち合わせていた比類なき術者達であった。だが、時が経つにつれ血は薄まっていき、ここ数代は能力すら持たない者たちばかりだった。また、それに伴いほとんどの者たちが妖怪退治ではなく他の家業を始めるという有様であった。唯一、火浚煉獄だけは他の家業――甘味所を商いながらも夜には妖怪退治を行ってはいたが、それもかつてほどではないという状況だった。
 だからこそ、私は異能を持ちながら生まれた火浚音羽に期待を抱いていた。この者ならば退廃に堕ちてしまった火浚の異名を取り戻せるのではないのかと……。


 火浚音羽が生まれてから数年が経った。最初の私の期待とは外れ、平凡な人としての生活。両親の手伝いで甘味所――黒蜜堂の売り子の手伝いをしたりしている実に平和な日々を過ごしていた。
「平和な光景。博麗大結界が張られ、大妖怪との協定の果ての人間の里ができてからは、最早私も用済みなのだろうか」
 高も平和な日々を見続けるとふと思ってしまう。古き、人と妖怪の戦いがそれこそ日常茶飯事だった時代には、私は火浚の剣となり盾となり、多量様々な魑魅魍魎どもを蹴散らしていたものなのだが、このような平和な世界には私は不釣り合いなようにも見える。
 そんな考えをしていたからか、私は自らの前方まで人が近づいていることに気が付かなかった。
「ずいぶんとしかめっ面してるじゃねえか」
「煉獄か。ふふっ、力もないくせに姿を消している私を見つけだしたり、今なおも妖狩りを続けているとはな。全く変わったやつだよ」
 私は火浚音羽の父親である煉獄に対してそう言った。だが、実際この男は変わっている。もはや、長寿の妖怪を除いて私のことを知っている者などいなかったというのに、この男はいとも容易く隔離世に潜んでいた私を見つけだし、我が名を読んでのけたのだ。
「まだお前は音羽に執着してるのか? 残念だが、あいつは火浚の歴史はおろか、俺が妖怪退治してることも知らねえよ」
 煉獄の言葉に、私は黒蜜堂の厨房で母親と一緒に菓子の仕込みをしている音羽を見てうなずく。
「そうだな。もはや、私のようなものは必要はないのだろうな」
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
 自虐的に言った私の額をいきなり煉獄が小突いた。
「な、なにをする」
「別にいなくならんでも不通に姿出しゃいいだろうが。あいつも姉がほしいとか言ってたからちょうどいいだろ。弟や妹ならともかく姉は物理的に無理だからな」
 煉獄は笑いながらそう言う。だが、この男はわかっているのだろうか? 現状でも私の姿は普通の者には見えていないから、傍目から見れば煉獄が一人で笑っているだけにしか見えないということを……。まぁこの男の尊厳はいいとして、
「それは出来ん。私は始祖との契約で――」
「嘘をつくな」
 私の発現は半ばで煉獄に止められた。煉獄は私の目を見ながら続ける。
「前に聞いた、直接関わらないようにしている。だろ? それはないだろ。もしそうだとしたらどうやって一緒に戦ってたって言うんだ?」
「それは屁理屈というものだ煉獄。私は火浚と言う血族を守るもの。一人の人間に情を持つわけにはいかんのだ。人との触れ合いは様々な感情を生む。私は火浚の人間を憎むことも愛することをしてはならないのだ」
 私の言葉に煉獄はため息をついたが、その顔を笑っている。
「全く頑固な奴だな。だが、今のがお前の感情ってわけだ。まぁ気が向いたら見たやってくれ。あいつのことを」
 煉獄はそう言って黒蜜堂に戻って行った。私はそれを見送りながらに煉獄の言葉を反芻する。わかっている。あの男は私にいなくなるなと言ってくれたのだ。人の心の中を勝手に見透かす実にいやな男だ。思わず始祖のことを思い出してしまう。
 まぁいい。せっかくそこまで言ってもらったわけだから、しばらくは音羽を見守っておこうと思った。そこで、音羽が真っ先に思い浮かんだ時点で私の心が動いていることに気づかないまま……。


 それからしばらく経ち、音羽が10歳になった時のことだった。人間の里にて流行病が起きて、煉獄と瑞葉が病に倒れたのである。私は音羽と瑞葉がいない隙をついて煉獄のもとに赴いた。
「随分とやつれたみたいだな。なぁ煉獄」
「んあ? 何だ、心配でもしてくれたのか? 別にこの程度どうってこたぁねえよ」
「虚勢はよせ。なんでまた今さらあんなものを相手にした。流行病だ? 笑わせるな。これは呪いだ。火浚の一族の怨敵。だがあれはすでに封印されていたはずだ。なぜ今になってあれを討滅しようなど考えた?」
 煉獄の様子だけを見ればただの病にも見えなくもないだろう。ただし、私の目を誤魔化すことはできない。今、里で囁かれている流行病の本質は呪い。それも煉獄に関わりのあるものにしか被害が出ていないのだから理解さえしていればわかりやすい。
「そんなことはどうでもいい。あれはもう滅んだんだからな。それよりもお前に頼みたいことがある」
「なんだ?」
「音羽のことを任せたい」
 煉獄は私の目を見てはっきりといった。
「瑞葉は俺が涅槃まで連れてってやろうとは思うが、音羽はまだ早すぎる。せっかく面倒な家柄も怨敵をなくしてやったんだから、あいつには人並みの生活を送ってほしいんだ」
「それは無理な話だ。奴の力の強さはお前もよく知っているだろう? 特にあの娘は瑞葉の次にお前に近しい。例え力を持っているからと言ってもそれは無理だ」
 私の言葉に煉獄は大きく笑った。
「いや、自覚がないんだったらそれでいい。まぁ少なくても俺よりは長く持つだろう。だったらせめて、あいつの最期を見届けてやってくれや」
「わかった。それならば聞き届けよう。さて、ではそろそろ私は去るとしよう。火浚の直径はもはやここしか残っていなかったのだが、これで私の役目も終わりか……」
 私はそう言い、煉獄の前から姿を消した。煉獄と瑞葉が死んだのはその翌日のことだった。
 それからしばらくの間、私は呪いのせいでほとんど身動きが取れない状況になっていた。
「ふん。なんだかんだいって私はあの男と関わりがあったのだな」
 私は聖霊故に死ぬことはないが、それでも身動きが完全に取れなくなるほどに被害を受けていた。それゆえに、私でさえこれほどの被害を受けるのだから、音羽はとうの昔に亡くなっているものだと私は思い込んでいた。
 だからこそ、数日経ちようやく身動きが取れる状態になり、黒蜜堂の近くを通った時に音羽の姿を見た時は自分の目を疑った。
「ふぅ。父さんも母さんもいなくなったけれど、だからこそ私がこのお店を守らないと!」
 音羽は誰もいないところで自身に喝を入れていた。その姿を見て私はどうしようもない感情に見舞われたが、それよりも気になることがあった。
「なぜ……死相がない?」
 私は思わず呟いていた。煉獄のときも、他の呪を受けた者たちにも必ず浮かんでいた死相が音羽には全くと言っていいほど見えなかった。そして私は自身の手を見てふと気づいた。
「まさか、無意識のうちに私があの娘の厄災を一身に受け止めていたのか?」
 そう考えれば、煉獄の発言も、自身に襲い掛かったあり得ないほどの勢いの呪も納得がいく。しかし、何故そのようなことをしていたのかだけが理解できなかった。だが、それもかつて煉獄と話した会話の中にあった。


『それは屁理屈というものだ煉獄。私は火浚と言う血族を守るもの。一人の人間に情を持つわけにはいかんのだ。人との触れ合いは様々な感情を生む。私は火浚の人間を憎むことも愛することをしてはならないのだ』


 かつて私が煉獄に言った言葉。それを反芻したとき、私は一つの結論を抱いた。
「私は、あの娘を愛しく思っているのか」
 それを自らの言葉にしたとき、私の中で扱ったことのない感情があふれ出し、私は思わず音羽を抱きしめていた。
「えっ!? な、なんですか急に!? って……、えっ? あなたはメルセデスさん?」
「!? 私を……知っているのか?」
 突然名前を呼ばれたことで私は驚いた声をあげてしまった。音羽は笑いながら、
「はい。父さんがいつも言ってました。頑固でまっすぐ気持ちが伝えられなくてる捻くれたやつ――って父さん暴言じゃないですか!? あっ、でも……とてもまっすぐな人だって言ってましたよ」
 私は煉獄が説明している姿を想像して納得する。ふん。あの男はそういうやつだ。私は音羽の目を見て告げる。
「我が名はメルセデス・ユーグスリット。火浚音羽。お前の(・・・)守護精霊だ〔今決めた〕。私は須らくお前の力になる。なんなりというといい」
 私はそう言い切る。何かいろいろと吹っ切れた気分だった。音羽の頼みならば何だって聞いていいような気がするぐらいである。
「そ、それじゃあ、私と一緒にお店の再興に手を貸してくれないかな? 一人だといろいろと大変だと思うの。でも、今の私じゃ人を雇うことなんてできないから……」
 音羽は俯きながらそういう。私は一も二もなく承諾する。
「構わないわ。でも、このなは常に表に出しておくには向かないから、別の名が必要ね」
「あっ、それなら父さんが前に言ってたよ? 火浚時音なんてどうだって?」
「……煉獄の手の上で踊ってるってのは癪だけれどこの際いいわ。じゃあ、これからは私は火浚時音ね」
「うん! よろしくねお姉ちゃん! あっ」
 音羽はついうっかりしてしまったという顔をする。そういえば昔煉獄が音羽が姉を欲しがっているって言ってた記憶がある。
「私を姉だと思っていいわよ。どうせ色々な保証人として行う上では姉になるわけだし、好きにしていいわよ」
「あっ、うん! お姉ちゃん!」
 その後、いろいろな手続きを済ませて、無事黒蜜堂を再開することに成功した。そののち、新たな出会いや、様々な事件。お店の復興など様々なことがあったが、それは別の機会に語ることにしましょう。


 これが、私――メルセデス・ユーグスリットが火浚音羽と出会い、火浚時音として、彼女の姉となった経緯の話。

					Fin.

                    Fin.

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