Top > アイアンメイデン・ブラッドクルス_SS

アイアンメイデン・ブラッドクルス_SS

Last-modified: 2010-05-01 (土) 23:08:54 (5107d)

SS本文

僕○第70回


 血濡れの西洋甲冑アイアンメイデン・ブラッドクルス――通称クリス――は空を見上げ、「あぁ、これが世界の終わりか」と思った。
 世紀末、彼の個人の予言は外れ、所詮ただの夢想だったのだと外の世界の者たちは平穏に過ごしていた。かの恐怖の大王がすぐそばにいるとも知らずに。だが、結果的にはそれが功を期した。人々から忘れ去られた恐怖の大王は人知れず幻想郷へ――外の世界から駆逐されたのだった。
 故に、世界の危機は外の世界でなく幻想郷で起きた。
 恐怖の大王が持っていた異能は「周囲の生体に侵入し、戦闘欲求を高める」。つまり恐怖の大王とは戦争を故意に起こさせる生体ウイルスの一種だった。
 更に、恐怖の大王の異能は感染者が戦闘を行った相手にも二次感染する。一度世に放たれれば、生命を全て滅ぼすまで作動する脅威の侵略者――否、破壊者だった。
 クリスはそれの脅威をいち早く気付いていた。だが、同時に対抗手段がない事を察するのも速かった。
 無理なのだ。戦闘を行えば感染される。力が強いものが対抗すれば、その者が次の脅威となる。中には、私のように感染に対する耐性を持ちえた者もいるだろう。だが、それでも感染したもの全てを駆逐することなど――それは幻想郷の崩壊につながるから――無理なのだ。
 唯一の希望は感染源である恐怖の大王を滅ぼせば感染が解けるという可能性に縋り恐怖の大王を倒すか。
 一聴すればそれが堅実だと思われるが、それも無理である。何故ならば、恐怖の大王は生体に侵入するのである。つまりは、恐怖の大王を滅ぼすのであれば、生体侵入している恐怖の大王に対して、干渉を及ぼさなくてはならない。
 正確に言えば、それは全くの不可能と言う訳ではない。境界の大妖怪や雲紫ならば、それも行えない道理はなかった筈だからである。だが、今となっては不可能である。何故なら八雲紫は恐怖の大王の襲来の翌日、有象無象の感染者の対処をしている最中、何者かに謀殺されたのである。彼女の式である八雲藍と共に。
 大賢者を失った妖怪たちは混乱に陥り、そこに感染者も交わり、幻想郷は恐怖の大王が現れてから僅か三日も立たずに崩壊への道をあたかも坂道を転がり落ちるかのごとく足早に歩んでいた。
 私は空を見上げる。空では妖怪が――最早弾幕ごっことは呼べぬ勢いで――戦っている。私は大地を見下ろす。地では人間が人妖問わずに戦い――死んでいる。
「あぁ。これが世界の終わりか」
 心中の想いは何時しか口から零れ落ちていた。私もあれらに加われれば楽だったろうに。そんなことさえ思う。そんな風に黄昏れていたからか、私は近づいてくるものに気付いていなかった。
「こんな所で何してるの? それにあんた……普通?」
「!?」
 私は思わず振り返る。そこにいたのは……猫?
「こっちよ。こっち」
「ん? あぁ」
 沢山いる猫に注目してしまい気付くのが遅れたが、その傍らに二股の化け猫少女がいた。彼女は確か――。
「八雲の式の式。このような所で何を? それにその猫は……?」
 疑問に思った。彼女の連れている猫はどう見ても感染されているようには見えない。だが、この猫全てが皆が皆、偶然にも耐性を持っていることなどあるだろうか? 私が疑問を反芻していると、彼女が先の私の疑問に答える。
「紫様と藍様に後の幻想郷を託された。私は元凶を断つわ」
「無理です。生体侵入するあれを断つ方法はありません」
 私は反射の様に否定していた。いや、否定することによって、彼女の考えを聞きたかったのかもしれない。そして彼女は答えた。肯定と方法を。
「出来るわ。失敗作だった私の式の一つが。式によって相手に上下を知らしめるのが私には」
「なっ!? そんなものが!?」
 私は驚愕した。真坂そんなものがあるなどとは思わなかった。本来式神とは、既に上下が確定している者に対し式――ソフトウェア――を組み込む物である。それに対し、彼女の式は相手に式を組み込み、その式を以て上下を知らしめる。ある種のウイルスの様なものであると言う。確かにそれは失敗作ではあるが、今現在であれば有用だろう。
「だから私は往く。でも、その為には力がいるの。アレに感染しない力が」
「…………」
 私は思う。先ほどまでの自分に対する唾棄を。何が世界の終わりだ。私はただ諦めていただけだ。何もせず、何も模索せず、ただ、対応策などないから諦めるしかないと自分に言い聞かせていただけだ。方策があると言うなら私は――。
「私を連れて行ってもらえないか? そちら側の式として。私は力になるぞ?」
 どれほど無様に踊ってもいい。そう、私はここが好きなのだ。突然湧いてきたものにここを汚されるのを黙って見てる事など――出来るはずもなかった。
「力になってくれるのは嬉しいけど……式に? なんで急に?」
「私は甲冑。他者に纏われて力と成す。だが、私は未だ完全に至らず。処理が足らず。最適化たらず。さすれば、それを解するは式なりと……予てより考えていた。此度良い機会、其は仕えるに値する」
「そ、そう? そう言われるとなんか照れるけど……わかったわ。それじゃあ式入れるわよ?」
「よろしく頼む」
 そうして、私は八雲の式の式――橙様の式神となった。この後、行く先々で出会った仲間たちと共に、恐怖の大王を倒す旅が始まった。

コメント欄


URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White