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京蟲姫_SS

Last-modified: 2009-12-27 (日) 14:54:46 (3641d)

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僕○第59回


<注意!!> この話には虫とか虫とかカサカサした音とかがふんだんに出てきます。そう言った事に抵抗のある方はすぐに閉じてください。後、余裕のある方は感想とか「ここおかしいだろ!」とか言った感じの突っ込みをくれると作者が非常に喜びます。
以上に納得された方はぜひ読んでってくださいですよ





「……お腹すいた……」
 どうしてこうなったんだろう? 咲森伏女は打ちひしぐ雨をその身に受けながらぼんやりと考えていた。
 始まりは伏女の両親の離婚からだった。奉公先での仕事に従事し続け、家族に対しての思いやりの持たない伏女の父とはもうやっていけない。そう伏女の母は言った。伏女は母に連れられたが、その後は碌な思い出はない。この時勢に女手が買われる仕事などほとんどなく、伏女たちは当てもなく各地を彷徨っていた。そんな日々が続いた明くる日。伏女たち親子は夜盗に襲われた。その時の事は覚えていない。気付いたら伏女は一人になっていた。
ここ一週間は飲まず食わずでいたから上手く頭が回らない。今の記憶さえ本当かどうかも怪しい。ただ、今伏女が明確に感じていられるのはずっとなくならない空腹と、降りしきる土気色した雨によって引き起こる咽喉の痛みだけである。
「……こんなに痛くなるなら……水なんて飲まなかった方が良かったな。……痛いのはやだよ……」
 そう思っても、身体は水を欲する。そして痛みで噎せ水を吐く。先ほどからずっと繰り返す。それで体力が削られていってるとわかっていても身体は欲する行為は止めない。そのうちに体力はついに限界を超え、伏女は裏路地で倒れてしまった。
「……お……腹……すい……」
 ぼんやりとしてきた意識のなか、伏女の耳元に水を打つ細かな音が聞こえた。目だけをそちらに向けると、一匹の百足が溺れかけながらも移動している姿を見つけた。
「……虫って……食べれるの……かな……?」
 普通ならば考えられないことだったが、一週間の絶食を経た伏女は目の前を這いずる百足を食糧と認識してしまった。そして、そう認識してしまった故に、伏女の肉体は自己保存のための栄養を補給せんと残り僅かな力を以て目の前の百足を捕まえ、口に含み、咀嚼し呑みこんだ。
「……まずい。……おいしくな……んんぅ!!? カッ……カハッ!! んんむぅ……」
 数度咀嚼したときに突如起きた激痛に伏女は思わず吐き出しそうになったがそれを堪え呑みこむ。
「……いたい。いたいいたい……。なにこれ? うぅ……いたいよぉ……」
 伏女は――伏女の身体は――自身の身に起こったものが何なのか理解できずに、ただ、理解は出来ずともそこにあるであろう危機から逃れようと、肉体のリミッターを外しこの場を逃れようと歩き出す。
「……あ……れ? 私……歩けてる……? なん……で……? さっきの虫……食べたから……?」
 限界まで痛めつけられた故のリミッター解除を百足を食したからだと勘違いした伏女は辺りを見渡した。その場所が下町の裏路地ということもあり、雨によって驚き出た様々な虫達が目に映った。
「……あれ……食べたら元気に……なる……?」
 伏女は雨による水溜りによって逃げ場を失った虫達を口に含んでは数度咀嚼し、その度に痛みに噎せるものの、伏女は目に映った虫達を全て食した。
「……まずい……いたい……うぇ……。でも……これで元気に……なるかな……?」
 伏女は雨から逃れるために痛みを抱えた身体を引き摺り、廃屋に入ったところで体力を使い切りその場で意識を失った。
 だが、結果としてはこの日伏女が行った行為は吉と出ていた。
一週間の絶食を経た伏女の身体には最早栄養がほとんどなく、何かしらを食さなければ近いうちに倒れてしまうといった状態だった。しかし、この時勢食べ物を入手することは容易ではなく、伏女の様に虫を食べる者も少なくはなかった。だが、ただの虫ならばいざ知らず、毒を持つ虫を食べる者はほとんどいなかったため、下町の裏路地にはそう言った虫は割と多く生息していた。そして、伏女は勘違いにより毒を持つ虫を一種の薬となるものだと思い込んだために、食す事に対する抵抗感はなくなった。つまり、伏女はしばらく食す事に関しては困る事がなくなったのである。
 当然のことながら、栄養は少ないし、毒を持っているという事実がある為、よいことだけではなかったものの、伏女の命は確かに繋がれたのだった。
 翌日から、伏女は空腹を感じたら虫を食し、痛み続ける身体を引き摺り日々を過ごしてきた。虫を食べられているところを見た他の人たちに「化け物」と呼ばれ、虐げられたりしたが、それでも伏女は必死に、虫を食しながらも生きてきた。
 だが、そんな生活が一つき続いたある日。伏女は今までの痛みを遥かに超える痛みと、倦怠感、高熱、発汗、嘔吐、その他様々な症状併発し倒れ伏した。
 この時、伏女の身に起こっていたのはとある術式の影響だった。その術法の名は【腹蠱の法】。蠱毒の法を人のみで行うもので、成功すれば毒を自在に操れると言われているが、普通の人間では九割九分九厘、普通の妖でも7割強、毒の体制の持った妖でも5割の確率で死んでしまうとされる禁術であった。
 術式の条件は大量の毒を持つ虫を自身の身に入れること。伏女は知らず知らずのうちに食していた虫の生き残りたちが体内で争い、高め、いつしか【腹蠱の法】を起動させてしまったのだった。
「うぁあっ!! いたいっ!! いたいよぉ! くるしい……あぁぁぁああぁぁっ!!」
 伏女は想像を絶するような痛みと苦しさに身を悶えさせようとするものの、その身体は指先一つ動かせない状況ゆえにただひたすらに何も出来ずに苦しむ。いっそ意識を失うことが出来れば楽だったのだが、何故か意識を失うことも叶わず、四六時中痛みと苦しみに苛まれ、精神が摩り切れそうになる。
 三日三晩止まらぬ痛みと苦しみ、そして眠ることも叶わない時が過ぎていったが、不意に視界が真っ暗になり、地に足つかぬ感覚に襲われる。
「……あ……れ……? いたいの……とまった……?」
 突如止んだ痛みに訝しみながら、伏女は周囲を見渡した。しかし、周囲は完全に黒一色で、遠方の詳細は全く掴めなかった。
カサカサ カサカサ カサカサカサ カサカサカサカサ
「……? なんの……音……?」
 伏女が目を凝らして見ると、暗い闇の奥から何かが近づいてくる音が聞こえる。それらは一つ一つでは小さな音だったが、幾重にも重なりどんどん大きな音になっていく。
カサカサカサカサ カサカサカサカサカサカサカサカサ カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「…………」
 伏女は思わず絶句した。そこにいたのは無数の――それこそ万、いや、億を越えるかもしれないほどの――虫達が押しのけ合いながらまるで虫の津波の如く伏女に迫ってきていた。
 これこそが【腹蠱の法】の最後の試練。身体を侵す病毒、精神を砕く痛み、それらを乗り越えれたとしても、最後には心の最も深い処で自身が取りこんだ全ての虫に襲われ精神が蹂躙される。病魔に侵された精神で万を越える虫に蹂躙される事を耐えるのは厳しく、毒に耐えた者たちの殆どがここで志半ばに散っていったのだった。
「……ごはん?」
 しかし、伏女は違った。伏女にとって毒虫は恐怖でも忌避の対象でもなく、ただの食糧でしかなかった。故に、伏女は身体を這いあがる虫を数匹一度に掴み上げ――食した。
 最初のうちはそれでも這いあがって来た虫達だったが、幾度となく他の虫が食われていくのを見ているうちに次第と伏女から離れて行き、円を囲むように陣を取った。
「……?」
 伏女には理解できていなかったが、これは体内にいた虫並びに今現在尚体内にいる虫達が伏女を自身達の主として認めたのである。
 だが、そんな事を知らない伏女は首を傾げただけだったが、不意に視界が広がるのを感じた。そこにあったのは、見慣れた廃屋。そして、
「……身体が……いたくない」
 そう。【腹蠱の法】の成功に伴い、毒による痛みはなくなり、また無意識のうちに毒を操る力の応用で薬を創り出し身体の傷を癒していたので、伏女は痛みから解放されていたのである。
「……虫……すごい」
 伏女は相変わらず虫のおかげだと勘違いしていたが。
 その後、体調の戻った伏女は予てからの願いであった母の探索を行うことにした。
「……母様……無事だと……ううん……きっと無事。きっと……」
 伏女は胸中の不安を抱きながらも下町の人たちに聞き込みを始める。しかし、
「知らぬなぁ。一体いつの話じゃ? 一月も前!? 流石に覚えちょらんわ」
「知らんわぁ。他を当たってぇな」
「しらねぇよ! この化け物女!!」
 碌な成果はなかった。更には、路地で虫を食してたのを見た人が噂をしてたのか、伏女は「化け物女」と呼ばれ、話を聞いてくれる人も少なかった。
 その後も数日間聞き込みを続けたが碌な成果は出ず、途方に暮れていたところにある噂話が聞こえてきた。
「最近日が変わるときに姿を現す着流しの男性は知りたい事を教えてくれるそうよ」
「……!? ほんとなら……会いたい……!」
 僅かな希望を胸に伏女は日の代わり直前の時間に町をさ迷い歩くこと数日。遂に着流しの男性を見つけることに成功した。
「あのひとかな? ……あ……」
「ん? 何か用かい?」
 伏女は固まっていた。何故かはわからない。だが、本能がこの男性は危険だと告げていた。
「急にどうし――。ほぅ、変わったモノを――」
「……!!」
 伏女は突如駆けだした。理由はわからないが、ここにこれ以上いてはいけない気がした。故に走り出した。すぐにでもどこかの家に駆け込もうと思った――だが、
「いきなり駆け出してどうした? 夜道の一人歩きは危険だぞ。妖に攫われてしまうからなぁ。毒持ちの嬢さん」
「あ、ああ……な、なに? なん……なの? あなたは……」
 咄嗟にそう問うと、男性は薄く笑い答える。
「天狗さ。冥土の土産に名もやろう。夜来王と言う」
「冥土の……? わたし……死ぬの……? なんで……?」
「危険故だ。【腹蠱の法】を遂げた者は得てして危険なものとなる。取り込んだ虫の量にもよるが、何匹喰らった?」
 夜来王の並べる言葉の意味が理解できない伏女は混乱しながらも答えられるところを律義に答える。
「腹蠱の法? ……わからない……けど、虫なら……目についたのを食べた。一日……何匹かはわからないけど……一月の間……」
「大凡2~300といったところか。並よりも多い。どうやら自覚せずに行ったようだが、それも運命だ。己が悲運を呪うがいい!」
 夜来王がそう言った時にはすでにことは終わっていた。夜来王の手に握られた刃は伏女の心の臓を貫き、更に切り上げることにより上半身を二分した。僅か一瞬のことだった。伏女は自身の死を理解することなく絶命した。
「呆気ないものだ。だが、それこそが僥倖か」
 夜来王は伏女の遺体を見る。遺体からは【腹蠱の法】によって完成した蟲と生き残っていた虫達が伏女の質量を無視して溢れだし、伏女の遺体を貪り出す。【腹蠱の法】を行った者の成れの果てである。
「何度見ても慣れぬものだな。まぁいい。これで――!? な……んだこれは……?」
 夜来王は目を見張った。そこでは、伏女の遺体を貪り終えた虫達が幾重にも絡み合い、混じり合い、境界を失い一つの形へと変わっていく。そして、そこに現れたのは伏女だった。髪の色が深紅に染まり、身に纏う服が十二単に変わってはいたものの、そこにいたのは確かに伏女だった。
「……え? ……何? なんで……驚いてるの……?」
 死を理解することなく死んだ伏女にとっては、今の状態は突然夜来王が驚愕しているという状況だった。疑問に思っていると、頭の中で声が響いた。
(カラダ……カシテ。アノテングニ、ミノホドヲアタエル)
「……? よく……わかんないけど……いいよ……」
(アリガトウ……ゴシュジンサマ)
「な、何をしたっ!? お前は一体――!」
「身の程を知れ下郎」
 混乱していた夜来王を伏女(?)は着物の袖から伸ばした無数の虫を編んだ鞭で叩きのめす。
「がはっ! な、なにをっ?」
「我はこの主に仕える千項。今から貴様に身の程を、そして主にはこの身の扱いを教ずる」
(……身の……扱い方……?)
「はい。主の身は既に人ではなく妖の身となっています。故に、これからは妖として生きていかねばなりません」
(妖……。やっぱり人を襲わなくちゃ……駄目なの……?)
「その必要はありません。不要とは言いませんが、強要されることでもありません。と、下郎が向かってくるようですね。先に始末します」
 千項の言う通り、そこには先ほどの打撃から立ち直った夜来王が立っていた。
「まさか本当にこの地にいるとは思いませんでした。貴女を屠れば白蛇様の懸念もなくなりますね」
「それが地の喋り方か。威厳が足りんが品はあるな。そして白蛇か。成程、【腹蠱の法】にそこまで執着してたのはそれが理由か」
「はい。【腹蠱の法】その者が白蛇様にとって脅威ですから。……懸念は立たせていただきます」
 夜来王は地を蹴り疾走する。その速度は先ほどよりもさらに速く、伏女の意識では捉えることはおろか、どこを通ったのかすら理解できないほどだった。
「流石は天狗。足だけは速いな。……だがっ!」
 千項は圧縮させた毒霧を解き放ち中規模の爆発を起こしながら毒を散布する。その爆発は街の一角を吹き飛ばしたものの、夜来王には当たらず、夜来王はそのまま攪乱を混ぜながら隙を窺ってくる。だが、
「ふんっ」
 千項は無造作に伸ばした腕で夜来王を捕まえる。
「なっ!?」
「無様だな天狗。毒は我が身体と同義。我が体内を駆け廻ってる貴様の位置など目を閉じてもわかる。そして来る位置さえ分からば捉えるのも造作もない。違うか?」
「くっ! ぐはぁっ!!」
 千項は掴んだ夜来王を片手で軽々と振り回し、地面に叩き付ける。その行為を五回ほど繰り返したところで夜来王に告げる。
「貴様に敗者に対する命を与える。抗うならばそれでもよし。どうだ?」
「かっ、はっ。何を命ずつもりですか」
「ほぅ。存外素直だな」
「これ以上戦っても勝てる気がしませんからね。噂の千項。まさかこれほどまでとは」
「勘違いがあるがまあいいとするか。命ずるはただ一つ。我が主に仕え、教じよ」
「勘違い? それに――主?」
 夜来王の不思議そうな顔に千項は微かに笑いながら告げる。
「そうだ。貴様が先に殺した方が我らが主だ。そして、この力は主のものだ。我はそれを行使しただけにすぎん」
「それは興味深いですね。わかりました。敗者としての務めは果たさせていただきます。我、夜来王はこの身御身に捧げることを誓う」
 それを見届けた千項はようやく肩の荷が下りたかのような顔する。
「では夜来王よ。後は任せるぞ。我は無理をし過ぎた故しばらく上がれんのでな」
「……今、何と?」
 夜来王が聞き返した時には千項は既に引っ込み、既に伏女が表に出ていた。
「……えぇと……よろしく」
 こうして、妖となってしまった伏女とその配下となった夜来王。しかし、この後にかの恐ろしき事が待ち受けている事を、二人はまだ知らない。

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