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獅堂 御穹_SS

Last-modified: 2009-09-06 (日) 07:22:21 (3544d)

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僕○第31回


「ん〜。最近ちょっと暑くなってきたかなぁ」
 私――獅堂御穹は照りつける太陽を見上げながらそう呟いた。手持ちの画板にはまだ描きかけの絵があるが、ここいらでいったん休憩をしよう。そう決めた私は、近くの喫茶店に向かうことにした。
「いらっしゃいませ……って御穹ちゃんじゃない。絵は休憩かしら?」
「ちょっと日が強くなったので、水葉さん、ブレンドをお願いします」
「はいはい。ちょっと待っててね」
 私は注文を終えると奥の席につく。ここは、ちょっと風変わりな喫茶店「エイトセンシズ」。人の入りが少ないから、店に入ると同時に注文をする一見さんお断りなシステムな店である。そして、先ほどの女性は「エイトセンシズ」の主人の暦水葉さんである。彼女はやたらと運がよく、学生時代に当てた宝くじを元手に、大学卒業と同時にこの店を立ち上げたのである。さっき言ったシステムの関係で、新規のお客様は入りづらいが、既にそこそこの常連客がいるらしく、お店はぎりぎりながらも黒字を保っているらしい。
「はい。ブレンドお待たせ。こっちのケーキは試作品だから食べて感想ちょうだいね」
 そう言って目の前におかれたのは、ごく普通の黒いブレンドと、よくわからない紅いケーキだった。赤ではなく紅、スポンジまで紅いケーキなんて私は初めて見た。
「……水葉さん? え〜と、これは……何?」
「ケーキよ? 他の何かに見える?」
「えと、そうじゃなくて――この紅いのは一体?」
「ああそれ? トマト」
「トマト!? って、トマトだったらまだ普通ですね」
 最近は糖度の高いトマトもあると聞くし、ここまで鮮やかな紅を出しているということは恐らく飴か何かに混ぜ込んだものを表面に薄く塗っているのだろう。そう思い、私はトマトケーキを一口食べた。
「…………」
 これは何か違うと私は感じた。酸味の強いケーキかもしれないとも思いつつ食べたが、実際には表現の出来ない感覚が全身に広がっていた。というより、食べ物の感想がこんなのになるのが理解できないが、それを越える理解不能だった。って、これはいけない。言語野がおかしくなっている。
「み……ずは? 何……を、入れ……たの?」
「うん。さっきは途中で止まったけど、トマトと」
「トマトと?」
「赤ワインと」
「赤ワインと?」
「スッポンの血と」
「!?」
「龍の涙と」
「!!?」
「後は――」
 その後も、水葉さんは材料を言っていたが、珍味が多量に盛り込まれていた。中にはグラム単位1000円を越えるものもあり、私は額に手をついた。
「私はたまに、なんでここが黒字を保っていられるのかを不思議に思うことがありますよ」
「ん〜? まぁ、赤字の時は凄い額になるからねぇ」
「……黒字の時はぎりぎりって言ってませんでしたっけ?」
「まぁ、赤字なんて一年に一回あるかないかくらいよ。そこら辺は他の月の収益でカバーしてるわよ」
「じゃあ、今月は大赤字ですね」
 こんな頭の悪いものを作ったのだ。当然の結果ともいえよう。それに……、水葉さんがこんな器用に一カット分だけ作れるわけがない。恐らくは一ホール作っただろう。それがどれだけの出費になるかなど……、考えるのも恐ろしかった。
「そろそろ出るわ。丁度日も陰って来たみたいだし」
 私はブレンドを飲み終え、ケーキは半分くらい食した辺りで感想を伝え残りを辞退し、「エイトセンシズ」を後にした。
 しばらく当てもなく街中をさまよっていると、向かい側の歩道に見慣れた後姿を発見した。私は信号が青になると同時に渡り、その後ろ姿に声をかけた。
「おーい! 緋月ーー!!」
「!? だ、誰だ! 人のこと大声で呼ぶ奴は! って獅堂か。びっくりするというか恥ずかしいから街中で大声で呼ぶのはやめろ」
「ん? そう? でも、気付かれないで行かれても面倒だからまぁいいじゃない」
「はぁ、じゃあ極力控えてくれ」
 そう言ったこの男性は緋月千里。現在同じ大学で、小さい頃から一緒にいた所謂幼馴染と言うやつである。まぁ、別に家が隣同士で窓から侵入出来たり、毎朝起こしに行ったり起こされていたとかいう関係ではないわけだが。
「で? 緋月はこんな所で何やってるの? みたところ買い物とかじゃなさそうだけど?」
 みたところ手ぶらだし、徒歩で来ているようだから目的はここ周辺の何かだろうか?
「いや、特に目的はないんだが、あのどうしようもなく面倒な課題やってると色々と嫌になったからちょっと現実逃避してるだけだ」
「あ〜、あれねぇ。でも、提出締め切り明日よ? 私もあれ済ますのに5時間近く費やしたから、現実逃避してると後がつらいよ?」
「だよなぁ、くそっ! すまんが獅堂、後で少し見せてくれないか? 大問の2と4を埋めれば一応は6割済むんだ。頼む!!」
「いいよ。その代わり、今度静止画のモデルになってね」
「背に腹は代えられんか。わかった。その条件で受けよう」
「おっけ。それじゃあ、帰ったら私に連絡入れてね。私はもうちょっと適当な所でスケッチしてから帰るから」
「ああ。んじゃな」
「また後でー」
 そう言って私は緋月と別れ、何かいいモチーフはないものかと周囲を観察した。
道路には様々な種類の車やバイクが走っている――常に移動する物体を描くには記憶とイメージをする必要がある。現在はそう言ったものを描く気分ではない。同様の理由で動物類も却下。となると――。
「風景画かな。でも、ここら辺で座って描くと怒られるし、やっぱり公園かな?」
 そう思い、私は公園に移動し、手近なベンチに腰を下ろした。手提げ鞄から画板を取り出し、筆箱から鉛筆を取り出して、再度モチーフを探す。
 今度はすぐに見つかった。一際大きな木の根元に止められた自転車。その木に引っかかっている風船。今、この時間に来たからこそ見られたその風景を克明にデッサンしようと思った。
 それからどれくらい書いていただろうか。緋月からの電話に気が付いた時には、既に西日が差してきており、傍らにおいてたスケッチブックには、この場で描いた数枚の絵が挟まれていた。
「つい夢中になって時間を忘れてたわ。そろそろ帰らないと」
 緋月には今から家に帰って、その後に課題を持っていくと伝えておいた。緋月は「無駄に急いで事故るんじゃねーぞ」と笑いながら言ってくれた。
 私は急ぎ足で自宅まで戻り、課題の入った鞄を手に緋月の家まで向かった。
「ごめんごめん。ちょっと絵に夢中になってて時間を忘れてたわ」
「いや、それは別に構わんよ。お前が遅れてる間にまたちょっと取り組んでたが、結局のところさっぱりだったからな。出席20、テスト40、課題40だと、課題とらなきゃ単位が取れねえからな。あの教授の講義とったのが失敗だったぜ」
「一応合格が60だから、出席とテスト完璧だったら通るわよ? まぁ、無理だろうけど」
 というより私はテスト100点取った人なんて見たことがない。だが、課題出さずに合格した人がいるのも事実らしい。是非一度会ってみたい物だと私は思う。
「……っと、出来た! あんがとな」
「どういたしまして。それじゃあ、今度付き合ってね」
 私は課題を受け取り鞄に仕舞いながら言う。緋月は「わかってる。また今度な」とだけ言った。
「それじゃあ、私は帰るわ」
「おう。また明日な」
「うん。それじゃ」
 私は家に帰るとまずパソコンを立ち上げ、メールボックスを開いた。両親は仕事で出張中なので、今は一人暮らしなのである。
「特には何も来てない……。便りがないのはいい証拠……よね」
 親が仕事で家を空けるのは珍しいことではないが、今回の出張は長期のもので、短くて半年、長ければ数年はその地に滞在することになるらしい。本当は、両親は私も連れて行こうとしていたのだが、もう私が大学生であることや、向こうの治安が悪いらしいとのことで、日本に一人残されることになった。
「ま、私の我が儘もあるんだけどね。食事は……まぁ適当でいいわね。お風呂に入って、明日の準備をして寝ましょ」
 私はその言葉通り、簡単な料理を作り、お風呂に入った後、翌日の準備を済ましてからベッドに倒れこんだ。
「ふぅ、今日は色々あったわね。明日は――あ、プログラミングの小テストがあったっけ。学校で雛芽に聞こうっと」
 私は、明日のことを考えながら、床についた。

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