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神札 アルカ ローゼンクロイツ_SS

Last-modified: 2009-12-27 (日) 14:49:43 (5231d)

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僕○第59回


 今日も幻想郷に日が昇る。人々は自らの暮らしを支えるために労働にいそしむ。あるものは畑を耕し、またあるものは物作りを生業とし、また空飛ぶ巫女は妖怪退治を行うのだそうだな。さてわが主、神札 アルカ ローゼンクロイツは如何様にして一日を過ごしているのかというと……


「あぁ、今日も閑古鳥が鳴いてる……」
 御覧のように嘆きながら大樹の陰に敷いた茣蓙の上に胡坐を書いて頭を抱えて嘆いている。茣蓙の上には主のほかにはさまざまな荷物をまとめたボストンバッグ、『占い一回500円』と乱雑な字で書かれた立て看板、そして主の商売道具でもある我……タロットカード一式があるだけだ。
 あぁ、自己紹介がまだだったか。我は自我を持つタロットカード、大小アルカナあわせて78枚すべてが我が肉体だ。残念ながら名はまだない。生まれは16世紀の中頃、19世紀の終わりには見事こうして自我を持つことがかなった。あぁだがしかし悲しいかな。自我はあれど自らの意思で動くことができぬし言の葉を放つことすらかなわん。先々代に先代ならばこちらの意思を読み取ることもできたのだが、残念ながら今の主は未熟ゆえにその境地にまでたどり着いておらん。このままなら主からの魔力をゆっくりと得て言の葉を放てるようになるほうが早いのではと思わなくはない。
っと、あぁすまんどうも年寄りは話が長くなるのでな。少しばかりは大目に見てもらいたいものだ。では主の紹介といこうか。主の名は神札 アルカ ローゼンクロイツ。姓を見ればかの薔薇十字団を思い浮かべるだろうがそちらは単に薔薇十字団に憧れたものが勝手に名乗ったものに過ぎん……と名目上はそういうことにしておる。実際にはかの魔術結社『薔薇十字団』に所属していた占い師の末裔だ。まさか薔薇十字に所属していたものが薔薇十字を名乗るはずはないという心理を逆手に取ったそうだが真相は我も知らん。当時は自我も芽生えておらんかったからな。
さて我が主アルカはそのような事実も知らずに「普通の家庭に普通の生活なんてつまらない!」と叫んで家出をして、近くの山に入った直後に神隠しに遭いおった。そのあとはこの地、『幻想郷』にて大暴れをしてな、まぁさまざまなイザコザを起こしつくした結果、何とか集落のはずれの小屋を住まいとすることができるようになったのだ。
まぁ望み通り普通からかけ離れた世界に叩きこまれたことで主も覚悟を決めたようでな、働かざる者食うべからず―その教訓の下こうやって己の特技であるタロット占いを生業とすることに決めたのだが……まぁ、ご覧のありさまだ。当初には物珍しい外の人間を一目見ようと野次馬が群がっていたものだがひと月たてばもはや日常の風景に埋没してしまうようでな。その野次馬共も結局客にならなかったとなれば後は察しの通りだ。あぁ、一応弁護しておくが主に占う力がないわけではない。たしかに主の占いの的中率は概算2割程度、ただし外した8割は全て自身を占った結果だからな……。


さて昼ごろになり日も高くなったが問題の主は茣蓙の上でだらしなく寝転がっている。右袖だけを通したコートは半脱ぎ状態で皺になり、ノースリーブは捲れてへそが丸見えで、先日仕留めた猪肉の燻製を口に含んでいる様は主のだらしなさがその姿からにじみ出てくかのような幻覚に襲われる。結局午前の収穫と言えば通りかかった果物畑を営む男性が分けてくれた橙1個のみ。相も変わらず客の姿は見えない。まぁ、このありさまの主に近づく輩がいるとは思えんが。と思っているうちに目の前に日傘で隠れた影が映る。話によると紅魔館と呼ばれる深紅の館の主は吸血鬼ながら日傘を差して日中を闊歩するそうだが残念ながらそのようなものはまだ見たことはない。我が主に関わる中で日傘を用いる人物―いや妖怪はただ一人、それも最悪の部類に含まれるのでは?
「相変わらず暇しているのね?ちょっと私に付き合ってもらえないかしら?」
「……風見さん」
 主の嫌そうな声を気にもせずにその妖怪―風見 幽香は気味の悪い笑みを浮かべたままこちらに向かって弾幕を叩きつけた。


 風見 幽香。我が主が幻想郷に迷い込んだ日最後に戦った相手だった妖怪だ。いつも笑みを浮かべて何を考えているのかがさっぱりわからん輩だ。ただ一つわかる事はこの妖怪がなぜか倒した相手である主を気に入り、時折ふらっと現れてはこのように弾幕勝負に無理やり巻き込むことのみか。
 さてこのような状況下では主の行動は意外と素早い。まずはボストンバッグを閉めて脇に蹴り飛ばし、周囲に散らばっている我を左手だけで器用に集める。そして刃のカードを掴み、後方へ飛びながら幽香の方へ具現したナイフを5方へと放つ。まぁ咄嗟に放った程度の攻撃など相手は身をずらすだけでかわすのだが。だがしかし……、
「あら、相変わらずの身のこなしね。ま、この程度の攻撃で簡単に倒れられても困るのですけど」
 などと余裕な態度を表す幽香に対し、
「ななななななによ!危にゃかったじゃないのよ!風見!アンタなんなの!?殺す気なの!?私を殺してアンタも死ぬの!?さっさと答えなさいよ!」
 と、どもりつつかつ噛みながら叫ぶ主の対比はもはや滑稽を通り越して哀れみすら感じられる。あぁこれは良くないな。完全にパニックに陥っているな。と冷静に分析する我もどうかと思うが。まぁいつものことながらこういうときに我の意思を主に伝える術がないことがもどかしいと思ったことはない。
「貴方を殺すだなんてとんでもない。せっかく面白い相手がそばにいるのにそれを捨ててしまうだなんてもったいないじゃない」
「だっ、だったらなんで突っかかってくるのよ!」
「だから面白いからよ。安心なさい、貴方はじっくりと向日葵にしてあげるから(はぁと)」
 とまぁそれはそれは不吉な笑みを浮かべながら閉じた日傘をこちらに向けてくるものだから主のパニックも最高潮に達するわけだ。
「いいいいいじゃない!殺るわよ!殺ってやるわよ!殺ればいいんでしょ!」
 と危険な発言を叫びながら主は刃のカードと杖のカードを手に取り幽香に向かって殴りかかったのだった。あぁパニックになるとすぐに直接攻撃に走るのは主の悪い癖だな、とおもいつつ我はただ空を見上げることしかできなかった。
 ……今日も空は爽やかな晴天だ。


 とまぁ、しばし現実から目をそむけていたがこれ以上はいかん。と言う訳で主の方に意識を向ければ丁度呪文を唱え終え大アルカナのカードを中空に切っていた。逆さに手に持つは戦車のカード。ってまさかまだパニックに陥っているのか!
「逆符『七番目の暴走戦車』」
 馬鹿!と毒づくものの声は届かない。主の宣言とともに主の周囲を無数の炎弾とナイフ弾が覆う。そして覆い尽くすや否や主はレーザーと誘導弾を放ちながら幽香に向かって突撃した。その姿はまさに戦車、激しい弾幕は壁とも刃とも化す攻防一体の妙技は並大抵の相手ならば破ることも困難だろう。
 されど幽香は即座に身を射線からずらし、最低限の動作で誘導弾をかわしていく。しかし主はそれには気付かない……いや気付けないのだ。自身の張った分厚い弾幕は相手の侵入を拒む壁となるが同時に主の視界を遮ってしまう。故に相手の行動が把握できない。そう、例えば主の周囲に幽香の弾幕が無数に展開していることとか……。
「さて、そろそろ頭を冷やしなさい。別に取って食おうという訳ではないのだから」
 と幽香が呟くや否や主の周囲に展開されていた弾幕に動きが生じた。
「花符『幻想郷の開花』」
 幽香の宣言とともに周囲の弾幕が花開き、我は主とともにその弾幕の渦に巻き込まれた。


「まったく、迷惑なんだから。とりあえず私が勝ったら今後一切合財受け付けないからね」
 主の横柄な口調が脳裏に響き、我は意識を取り戻す。
「えぇ、構わないわ。さて日も暮れてきたしそろそろ終わりにしましょうか」
 幽香の声を聞き、空を見上げればもう夕日が山にかかっている。まさかこの時間まで戦っていたのかと思うが主も幽香も疲労の色は顔には出していない。
 まずはお互いに弾幕を張りあう。その間にも主は左手に2枚のカードを掴み呪文を唱え始める。
「汝は咎人、天に足付き、地を仰ぎ見るもの……」
 主が持つカードの内片方は吊人のカード。どうやら今は冷静らしいから使用するのは正符だろう。しかしその間にも幽香の攻撃は激しさを増していく。
「汝は賢人、天を地に、地を天に、逆さ世界を知るもの……」
 主は血の力によりカードに込められた力を引き出すことができる。無論我―タロットカードも例外ではない。主のこの力は『スペルカード』による決闘を行う幻想郷に似合う力であると思う。だが、大アルカナの力を引き出すためには詠唱を必要とする。それはこのような強大な相手には隙となってしまうのだ。
「世界の仕組みは真理にあらず、あらざる法則はまた真理にあらず……」
 だが主は詠唱に集中しながらも相手の攻撃をうまくかわしている。これだけの弾幕の中に巻き込まれても冷静に判断し、最小限の動きだけで致命傷を避けていく。そして……
「……一滴の真理よ、我が前に真逆の世界の姿を示せ!」
 詠唱終了。主は吊人のカードを中空に切り、宣言する。
「正符『十二番目の宙吊り修行』」
 瞬間、世界が反転した。


 反転した世界―空を下、大地を上とする世界に一瞬平衡感覚が狂う。しかしコレに慣れている我らは即座に姿勢を立て直し、主は新たな詠唱を始める。しかし幽香の方は簡単にはいかないようだ。左右によろめき、弾幕も緩慢になっている。だが、この機に一気に畳み掛けるわけではない。二度目の相対時において相手の隙を縫った連撃を放ってものの最終的には圧倒されてしまった。故にここで行うのはただ一つ。
 ―高威力スペルによる一撃必殺。
 主もそれを理解しているらしく詠唱を続けている。だが幽香もそう簡単にやられるつもりはないらしい。
「花符『幻想郷の開花』」
 緩慢になっていた幽香の弾幕が一瞬で数倍に膨れ上がり主を襲いかかる。的確にスペルカードを使用することで自身の危機を回避し、戦いの流れをつかむ、その戦略眼は流石と言わざるを得まい。主は完全に詠唱に集中しているためか身じろぎせずに弾幕に身をさらしてしまう。流石に危険か、と思った直後に幽香が宣言した。それはスペルカード宣言ではなく……
「さあ、この一撃でお終いにしましょう」
 終了宣告を告げ、主に向けた日傘の先に力を集約する。集められた力は見ただけで膨大なものだと理解させられる。あのようなものを放たれたら主は避けることも耐えることも出来ないだろう。だが、主はその宣告に対し、手に持ったもう一枚のカードを中空に切り、宣言をもって返答する。
「正符『十六番目の崩壊の塔』」
 瞬間、宣言とともに地面から生えたオベリスクが幽香の脳天を直撃して中空に叩き落とし、空から伸びた雷撃が幽香巻き込みながらオベリスクを粉砕した。それはまさしく一瞬の出来事で幽香も対応することが出来ずに直撃をくらったようだ。そのまま力なく空に向かって墜ちていく幽香を見ながら主は勝利を確信し……
 直後に幽香の放った光に巻き込まれ、意識を失った。


「……やられた。あんな啖呵切っちゃったからまた風見さんちょっかい掛けてくるよ……」
 あの後、主が意識を取り戻した時にはもう日が暮れていた。幽香はあの後満足げな顔をして立ち去ったゆえ、また相手をしにやってくるのだろう。まぁ兎にも角にも面倒な一日であったことだけは確かと言う訳だ。
「はぁ……、結局本日も収入はなし。当面は野生の獣を狩って飢えをしのぐしかないのか。……あぁ白米が恋しい」
 そう呟きながらも笑みを浮かべながら獣鍋に舌鼓をうつ姿を見る限り、どうやら主も満更ではない様子。主がこの地で新たな楽しみを見つけたのならば我としても共に家出をしたかいがあるというもの。いつの日になるかわからぬが主と言葉を交わせるようになる日が待ち遠しくなった。さて、このような清清しい気分の日にはよい夢を見ることができそうだ。と我の意識が虚ろになり始めた頃に主の呟きが聞こえてきた。
「はぁ、やっぱり客が来ないのは値段設定を間違えたせい?でも500円ってかなり割安なんだけどなぁ……」
 占い師を始めてから何度も繰り返してきたその愚痴に対し、我はおぼろげながら毎度のごとく用意した返答を脳裏に思い浮かべる。
 ……あぁ、主よ。恐らくこの地では円だけではなく銭を貨幣として用いている。つまり500円とは途轍もない大金なのだ。と。
 やるせない気分になりながらも我の意識は夢に落ちた。あぁ、どうか主と言葉が交わせる日が早く来んことを。

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