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ゆきちゃん_SS

Last-modified: 2009-11-19 (木) 11:52:05 (3679d)

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僕○第49回


ふと外を見ると、空から白い綿のようなものがヒラヒラと舞い降りてきていた。
「雪……」
通りで冷え込むわけだ。あすの朝には積もっている事だろう。
地表をすっかり白く染めていくそれを、私はじっと見つめてしばらく動かなかった。
毎年の事だ。雪が降るとあの子の事を思いだす。
あの冬に出会った、不思議な女の子の事を――


あれは私が八つか九つ位の時だったろうか?
大雪の降った日だった。
大量の雪にうかれた私は遊びながらついはしゃぎすぎていつの間にか山の中へ迷い込んでしまっていた。
周りは雪と樹ばかり、しまいには日も傾きかけて心細くなった私は、ついにはその場にへたり込み泣き出してしまった。その時だ。
「どうしたのら? 泣いているのら?」
何とも舌っ足らずな声が私にかけられた。びっくりして声の方を見ると、そこには女の子が居た。あの頃の私より2、3歳小さいような女の子。
わらで作った雪用の靴を履き、着物をいている。真冬に着るにしては少し薄いもののようだった。ほっぺたがとても真っ赤なのが周りの白に生えてうつり、切りそろえられたおかっぱの髪の上には何故か小さなバケツが乗っかっている。首からはキラキラ光る六角形の形をした首飾りが下がっていた。
「わかった! 迷子なのらな?」
「う、うん。あなたは?」
「ん? ゆきちゃんのこと? ゆきちゃんは、ゆきちゃんなのら」
どうやらこの子の名前は『ゆきちゃん』といい、自分の事も『ゆきちゃん』と呼ぶらしかった。
「お家に帰りたいよう……」
「ん! ゆきちゃんに任せるのら」
その時は、ゆきちゃんに手を引かれて家に帰る事が出来た。
体は小さいのに、私の手を引いてぐんぐんと歩く姿はとても頼もしく見えた。
が、その頼もしさとは逆に手がとても冷たかったのを良く覚えている。


それが、私がゆきちゃんに初めて会った時のことだった。それからというもの、私はゆきちゃんとよく外で遊ぶようになった。いや、ほとんど彼女とだけ遊ぶようになったというべきか。
ゆきちゃんは不思議な子だった。
いつも一緒に遊んでいたのに近所の子では無いらしく、周りの人もそんな子は知らないようだった。
一度、「どこに住んでいるの?」と聞いたことがあったが、ゆきちゃんは少し寂しそうに笑うだけで何も答えてくれなかった。
また、寒いからと温かい食べ物を勧めても絶対に食べてくれる事は無かった。それ以前に、私はゆきちゃんが何かを食べたり飲んだりする所を見た事が無い気がする。
助けてもらったときに手が冷たいとは思っていたが、ゆきちゃんは体中どこを触っても冷たかった。
しかし、幼かった私には、そんなことなどどうでも良かったらしく、ただただ、ゆきちゃんと一所に居るのが楽しかった。彼女と遊んでいる時が本当に幸せな時間だった。
「ねえ、ゆきちゃん。その首飾りきれいだねぇ」
ある日、いつものようにゆきちゃんと遊んでいた私は、ふと彼女の付けていた首飾りに目が止まった。
「銀色に、すごくキラキラしていて。それに面白い形をしているね」
それは六角形の形をしていたが、まるで六枚の花びらを付けた花のようにも見えた。
「これ? これはね、小さくって普通は見えないんらけど、雪の一つ一つはこんな形をしているんらよ」
「ふうん、雪の形かぁ」
私はそれを聞いてますますその首飾りに興味を持った。
「ねえねえ、その首飾り、私にくれない? だめ? だったら貸してくれるだけでもいいから?」
そう私が言うと、ゆきちゃんはとても困った顔をして言った。
「ん〜。お友達だから貸してあげたいのは山々なんらけど〜。これは〜、ゆきちゃんそのものだから、上げたり貸したりできないのら〜」
「???」
その首飾りがゆきちゃんそのもの? 私は彼女の言う事がよく理解できなかった。
「ぶう〜、ゆきちゃんのけち〜」
「わわわ、ごめんなのら〜。でも、だめなのら〜」
その後、しばらく私はふくれて『ゆきちゃんのけち〜』を言い続けたが、いつものように遊んでいるうちに忘れてしまっていた。


「雪もだいぶ解けてきたね」
雪も解け、春も間近に来ていると感じられるようになってきたある日のことだった。
ゆきちゃんは春になるとやってくる妖精さんってみた事ある? 私は去年初めてみたんだけどね、すごくびっくりしたんだ。……?、ゆきちゃん? どうしたの?」
今日はゆきちゃんの様子がどうもおかしい。どことなく元気が無いようなので会ってからずっと気になっていた。
「あのね、お別れしなくちゃいけないのら」
「え!?」
ゆきちゃんは唐突に話を切り出した。私は訳も分からず素っ頓狂な声を上げる。
「え? なんで? どうして?」
「春になったら、一緒にはいられないのら、ごめんなのら」
「何処かに引っ越しちゃうの? それなら必ず会いに行くから、そんなこと言わないで……」
ゆきちゃんはうつむいたまま、ゆっくりと首を振った。
「でもね、そんなに悲しい顔しなくてもだいじょうぶらよ」
そう言うと、ゆきちゃんは首にかかっていた首飾りを外して私に差し出した。
「これ、預かってて欲しいのら」
「え? でもこれ、大切なものなんじゃ?」
「これを持っていてもらえれば必ずまた会えるのら」
にっこりとほほ笑む彼女の眼に一欠けらの嘘も迷いもなかった。
私は恐る恐る手を伸ばし、それを受け取る。
その首飾りは、ゆきちゃんの手のようにとてもひんやりとしていた。
「この冬は、とってもとっても楽しかったのら……、幸せだったのら……」
私にキチンと向き直り、一呼吸置いてから
「さよなら……なのら……」
とびきりの笑顔で放たれたお別れの言葉。それが、ゆきちゃんの声を聞いた最後だった。
彼女の体は、一瞬にして真っ白になったかと思うと、次の瞬間には水のように透明になった。いや、実際に水になったのであろう。ゆきちゃんの形をしていた水は、重力に耐えきれずに形を崩し、バシャリ、という音とともに地面に落ちた。少し遅れて、彼女の被っていたバケツが、カコン、と音を立てて同じ場所に落ちる。
首飾りを持った手がジンジンと冷たい。
その冷たさに急かされでもするように、私の目からはとめどなく熱いものがあふれてきていた。
私はその場に座り込みわんわんと声をあげて泣いた。
ふぅ っと、風が吹き抜ける。
それは紛れもなく春の息吹を含んだ風だった。




――あれから何年位経っただろうか?
私もすっかり大人になり、結婚をし、娘も出来た。
ゆきちゃんは『また会える』と言ってくれたが、あの日から会うことは無かった。
今思えば、あの子は雪の妖精やら妖怪やらの類の子であったのだろう。
春になれば消えてしまう定めの子だったのだ。
あの首飾りとバケツは今でもひっそりと行李(こうり)の中にしまってある。
冬になって雪が降ると、決まってそれらを取り出して眺めてはゆきちゃんの事を思い出していた。不思議な事に首飾りは何年たっても冷たいままだった。
明日の朝にでもまた出してみようか。また、一年ぶりに。


翌朝、予想通り雪は大分降り積もっていた。雪自体は止んでいて、晴れ間が覗いたりもしていたが、空気はぴんと冷たく、すっかりと冬の空気だ。
(これはそうそう解けたりはしないな。根雪になるかも)
そんな事を思いながら、昨日決めた通り首飾りとバケツのしまっている行李を引っ張り出した。
早速開けてみると…
(え!?)
ない。
そこにあるはずの首飾りとバケツが無い。
(そんな。確かにここにしまっておいたはず)
うろたえていると、庭先から娘のキャッキャッという声が聞こえてきた。
その声でハッと我に返る。そして、何やら予感を感じた。
娘の声がする庭先に足早に歩を進める。
娘は今年で六つになる。外見的にはゆきちゃんとちょうど同じくらいだ。
庭先に居た娘は、雪だるまを作って遊んでいた。
娘の背丈と同じくらいの雪だるま。とても上手に作れていた。
ただ、私の驚かせたのはその雪だるまが、ゆきちゃんの首飾りとバケツを付けていたことだった。
「その首飾りとバケツは……、勝手に持ち出したの?」
「うん! この雪だるまさんが『着けてくれ』っていうから着けてあげたの。似合うでしょ」
娘は無邪気に笑いながらそう答える。
「雪だるま……が……?」
私はまるで夢遊病者のようにフラフラとその雪だるまに近づいていく。
バケツを被り、首飾りを付けたその雪だるまの姿は本当にゆきちゃんの様に思えるほどだった。
ゆきちゃん……)
なぜだか、あの日、ゆきちゃんと別れた日に胸に込み上げた思いが再び私の中に戻ってきた。
その思いとともに込み上げてくるもので少し目を潤ませた、その時だった。
『ん? また泣いてるのら?』
ゆきちゃんの声が聞こえたような気がした。
いや、それは聞き違いなどでは無かった。
目も前にあったはずのゆきだるまは、今はとても懐かしい姿かたちをしていた。
「どうしたのら? また迷子なのら?」
間違いなく目の前にはゆきちゃんがいた。あの時の姿そのままで
「ゆ…き…ちゃん……」
「ん! ゆきちゃんらよ! 久しぶりなのら」
にっこりと笑うゆきちゃん
私は泣いていた。そして、思い切りゆきちゃんを抱きしめていた。
ゆきちゃんの昔と変わらない冷たさがとても心地よかった。
そのまま、年甲斐もなくわんわんと泣いた。
「わわわ、あんまりそこで泣かれると解けちゃうかもしれないのら」
風が吹いていた。冷たい木枯らしだ。


今年の冬はまだまだ始まったばかりだ。


(了)




※蛇足的作者後記
一晩で書いたので推敲できてません。さまざまな至らない所にはごめんなさい。
ところでこの作品内の『私』は、男の人だと思いますか? 女の人だと思いますか?

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