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涼風 京香SS

Last-modified: 2009-06-14 (日) 08:46:37 (3634d)

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タイトル:向日葵の海に咲く




目を覚ますと、そこはまるで見覚えの無い場所だった。
「ここは……どこ?」
キョロキョロと周囲を見渡してどこだかを確認しようとするが、今が夜であることや、周りを何か背の高いものに囲まれていることで、よく見る事が出来なかった。
そこで今度は飛び上がって辺りを確認してみたが、やはり自分がどこにいるのか、皆目見当がつかなかった。
こうしていても仕方ないので、私はここに来る前の事を必死に思いだそうとする。
「確か……」
最後に意識があったのは、私がまだ種だった時だ。
栄養をたくさんもらってどんどん大きくなって行った私や、仲間たち。
そろそろ地面に落ちて芽を出そう……って思っていた時に、それはいきなりやって来た。
突然の強風が、私たちを襲ったのだ。
必死にしがみつき、飛ばされぬよう踏ん張るみんな。でも私は、ボーっと何かを考えていたせいで気づくのが遅れた。
その一瞬の内に、私はみんなから離され、勢いよく飛ばされてしまった。
おそらくその時意識を失ったのだが、その間に風に乗ってここまですっ飛んで来てしまったようだった。
「どうしよう……」
みんなのところへ戻ろうと思っても、どこを目指せばいいかわからない。それに、私が意識を取り戻したと言う事は……
「……やっぱり」
地面を確認して、ため息を一つ。
私は、いや私が宿る種は、既にこの地に根を下ろし、芽を出しているのだった。これでは、仮に帰る場所がわかっても帰ることなど出来ない。
私にはどうする事も出来ないとわかって、またため息。これ以上色々考えるのは意味が無いと知って、私は寝ることにした。
「上手く暮らしていけるかなぁ……」






ここは太陽の畑。幻想郷でも屈指の広さを誇るその草原は、その一面を大量の向日葵で覆い尽くされていた。
どこを見渡しても向日葵、向日葵、向日葵。その光景は、空から見れば黄色い絨毯のようであった。
そんな草原のほぼ中心に、ポツンと一つ、小さな小さな芽があった。
そびえ立つ向日葵たちの隙間を縫って芽吹いたばかりであろうその芽は、しかし向日葵のものではないようだった。
向日葵以外の種が風に乗ってここに辿り着くことは珍しい話ではない。だが、その殆どは芽吹く事が出来ずに短い一生を終える。向日葵によって日光を遮られ、養分を吸われてしまっては、到底生きてなど行けないからだ。
その点で、ここで芽を出したこの植物は、例外中の例外であった。
この植物――キキョウは、発芽が良く根も強靭としてよく知られるが、さりとて例外であることには変わりない。
そしてそんなキキョウでも、今置かれている状況が厳しい事に変わりは無かった。
自然現象には、必ず妖精が宿る。もちろん向日葵の一つ一つにも、ここに芽を出したキキョウにも、妖精は宿っている。
総じて太陽と悪戯が大好きな、向日葵の妖精。彼女たちの悪戯は今、自分たちと違う何かに向けて、具現化されていた。言うまでも無くそれは、キキョウとその妖精に向けて、である。
向日葵の妖精たちは、自らを宿す向日葵の花を動かし、キキョウのある場所を日陰にしているのだ。
そんな、悪戯と言うより意地悪な行為を受けるその妖精は、太陽の光を浴びれずにいるせいで、日ごとに元気を失くしていた。
「どこから来たのよ、あなた」
「変な色ー」
「早くどっか行ってよね」
向日葵の妖精たちは口々に軽蔑の言葉を京香に浴びせる。
「やめて……意地悪、しないで……」
「意地悪なんかしてないよ、私たちは陽を浴びたいだけだもーん」
「そーそー、こんなとこに来るあなたがいけないのよ」
彼女の必死の訴えにも、向日葵の妖精たちは耳を貸さない。
(どうして、こんなところに来ちゃったんだろう……)
気の弱い彼女は、惨めな気持ちで座り込み、空を見上げた。
(帰りたいよ……みんなのところに、帰りたいよぅ……)
太陽の畑を、一人の女性が歩いていた。
真っ赤な服に身を包み、上品な日傘を差した、緑髪の女性。
一見するとただの人間に見える彼女は、しかし人間では無い。
『四季のフラワーマスター』の異名を持つ彼女――風見幽香は、妖怪である。しかも、その力は並の妖怪を遥かに凌ぐ。
幻想郷でも指折りの古参とも言われる彼女は、この太陽の畑に住み、畑を脅威から守っている……彼女の方が脅威すぎて畑を荒らそうなどと考える輩は殆どいないのだが。
何をするでもなく歩いていた幽香が、ふと歩みを止める。その目線の遠く先には、たくさんの妖精たち。
気になった幽香が一飛びでその場へ向かうと、そこでは向日葵の妖精たちが何かを囲み、ワイワイガヤガヤと騒いでいた。
「あなたたち、何してるの?」
幽香がよく通る声でそう言うと、その姿に気づいた黄色い妖精たちは一斉に散り散りになり、向日葵の後ろへと隠れてしまった。
一体何が……と怪訝に思った幽香はふと、一人その場に蹲る小さな妖精を見つけた。
桃色のワンピースを着て、青紫色の髪をしたその妖精。その姿はどう見ても、向日葵の妖精ではなかった。
妖精の傍には何かの芽が生えていた。当然のように花に詳しい幽香には、それが何であるかすぐに判別できた。
何故ここに、と思いながら、彼女は妖精に声をかけた。
「ちょっと、そこのあなた?」






突然後ろから声を掛けられて、蹲っていた私は思わず跳び上がるほどに驚いた。
恐る恐る振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
「あなた……キキョウの妖精ね?」
女性が私にそう聞いて来たので、私は素直に頷き、名前を名乗った。
「はい。私……涼風京香、と言います」
「ふぅん……キキョウ……キキョウねぇ」
返されたその言葉に、私は言い知れぬ恐怖を感じた。やはりこの人にとっても、向日葵畑に紛れ込んだ私は、邪魔者でしかないのかもしれない。現にここ数日間、周りの妖精たちからそういう扱いを受けているのだ。
加えて、この人からは底知れぬ力を感じる。ひょっとすると、芽は摘み取られ、捨てられてしまうかもしれない。
そんな恐怖に再び全身を震わせながら、おずおずと話しかけようとする私。
「あ、あの……」
そんな私に、
「向日葵の海に咲く一輪のキキョウ……なかなか良さそうじゃない」
「……!」
思いもかけぬ言葉が返ってきて、私はまた驚く事になった。
と、その女性は屈みこみ、私の額に触れて来た。突然間近に顔が現れて、私は思わずドキッとした。
「あら……元気が無いわね。大方、あの子たちに邪魔されたんでしょう?」
「ぇと……その……」
「そんなんじゃ、蕾をつける前に枯れちゃうわよ? もっと頑張りなさい」
言いつつ、女性は私を抱き上げる。直後、抱き上げた指の先から、力が流れ込んでくるのを感じた。何だか体が軽くなったような気がして下を見ると、私同様元気を失くしていた芽も、生き返ったように立ち上がっていた。
「これでとりあえずは大丈夫ね。でも、これからは自分で光を浴びに行かないとダメよ」
そう言われて自信を失くす私だったが、折角助けてもらったんだから頑張ろう、とも思った。とりあえず、お礼を口にする。
「ありがとうございます、えぇと……」
中途、何と呼べばいいのかわからなかった私に、女性は名乗った。
「あぁ、名乗って無かったわね。私は幽香。風見幽香よ」
「幽香さん、助けてくださってありがとうございます」
「お礼は花を咲かせた時に頂くわ。じゃ、頑張ってね」
そう言って、幽香さんは立ち去って行った。
(もう少し……頑張って、みようかな)
あの人に、綺麗に咲いた私の姿を見て欲しい。無意識の内にそう感じていた事に気づく。隠しようも無く頬が熱くなっているのを感じて、私はぶんぶんと頭を振った。






幽香に助けられてから、京香は何とかして太陽の光を浴びようと頑張った。
最初の内はそれを邪魔してからかっていた向日葵の妖精たちも、数日経った頃にはそんな事も飽きて、京香の事など気にしなくなった。
努力が実ってか、妖精の飽きっぽさが功を奏してか、京香は大好きな陽の光をたっぷりと浴びる事が出来、そしてすくすくと育って行った。
数日後には小さかった芽が少し大きくなり、数週間後には大きくなった芽から茎がぐんぐんと伸び始めた。
その頃になると周りの妖精たちも京香を馬鹿にすることはしなくなり、一緒に遊ぶようになっていた。時々訪れる幽香に楽しげにその日の事を話す姿からは、以前の儚げで物悲しい姿は想像できなかった。
数ヶ月も経つと、茎の先には風船にも似た緑色の蕾が出来ていて、蕾は日が経つに連れ徐々にその色を緑から青紫へと変えて行く。
そして、夏の日差しが煌々と照りつける、八月のある日。
周りの向日葵たちが次々と咲いて行く中、未だ蕾のままでいたキキョウも、とうとうその日を迎えた。
「あらあら、随分と綺麗に咲いたわねぇ」
これまでも数え切れない程の花を見てきた幽香をしてそう言わしめるほどに、そのキキョウは美しく、可憐に咲いていた。
「えへっ、ありがとうございます!」
嬉しそうに笑いながらそう言う京香。幽香も満足げに、咲いた花を眺めながら言う。
「これでこそ、助けた甲斐があったというものね。フフッ」
「あの時は本当に、ありがとうございましたっ」
「いいのよ。こんな綺麗な花が見れたのだから、それで私は満足よ」
京香の礼に、ひらひらと手を振りながら答える幽香。その言葉に、京香は僅か頬を赤らめた。
「あの……幽香さん」
「何?」
「ぁ……ぇと……ご、ごめんなさい、何でもないです!」
何かを言いかけて、途中で首を振りながらやめる。当然幽香は気になって、聞き返す。
「え? 何よそれ、気になるじゃない」
「や、本当に、何でもないんですっ!」
珍しく強い口調で言う京香。幽香も深くは追求しなかった。
「そう……まぁいいわ。じゃ、私は行くところがあるから」
「どこへ?」
「神社の宴会に呼ばれてね……地底の妖怪も招いたって言うし、折角だから行くことにしたのよ」
「そうですか……行ってらっしゃいませ!」
飛び去る幽香を見送りながら、京香はため息を一つ。
「私ったら……勢いに任せて何を言おうと……」
そんな声は、もちろん幽香には届かない。届かせない。
幽香さんが帰って来たのは、翌日の明け方になった頃だった。
全身に疲れを滲ませ帰って来た幽香さんの顔色が心なしか悪い気がして、私は心配になった。でも幽香さんは「呑み過ぎただけよ」と相手にせず、そのまま寝入ってしまった。
太陽が高く昇った昼、幽香さんは目覚めて私のところに来た。顔色は、寝る前より悪くなっている気がした。
「だ、大丈夫ですか?」
「うーん……何だかだるいのよねぇ……二日酔いがまだ抜けないなんて、ちょっと呑み過ぎた……かし……」
ドサッ、と。
私の目の前で、幽香さんが崩れ落ちた。






このまま陽に照らされては幽香さんが危ない。そう感じた私はみんなと協力して、幽香さんを近くの木陰まで運んだ。
程なく、幽香さんは意識を取り戻す。さらに悪くなっている顔色に戦慄しながら、私は呼びかけた。
「幽香さん、幽香さん!」
「へ、平気よこれくら……ゲホッ、ゲホッ!」
言葉とは裏腹に激しく咳き込む幽香さん。普段からは考えられない程に衰弱し切ったその姿に、私は本気で恐怖と、危険を感じた。
「こうなったら……私の力を、使うしか……!」
「あなたの……力?」
怪訝そうに聞く幽香さん。時間が無いとわかりつつも、私は説明を始めた。
「はい。キキョウに薬効があるのはご存知ですよね? その具現である私も、そういう力を使える事に、最近気づいたんです。病気したり、怪我した子を治すことが出来たので……」
強力な妖怪をここまで苦しめる病気に効くのかわからない、とは言えなかった。そして、効いたとしても、もしかすると私は……
「そうなの……じゃあ、お願いしようかしらね。あまり苦しいのも嫌だし」
幽香さんに了承を貰うと、私は幽香さんの両手を握った。その手がやけに熱くて、私はますます焦る。手からは病気特有の瘴気が感じられた。
「じゃあ、行きますよ……ッ!」
そう言って、私は繋いだ手に癒しの力を流し込み始めた。少しずつ少しずつ、力を送り込む。
軽い病気ならすぐ治せていた力の量を流しても、心なしか顔色が良くなる程度で病状は良くならない。焦る私は、流し込む力の量と速度を、つい加速度的に上げて行く。
私の力は、もちろん無限ではない。それどころか、全然強い方ではない。でも、倒れた幽香さんを見て、そんなこと言っていられなかった。
力をたくさん使ったせいで、徐々に息が上がってくる私。幽香さんや周りのみんなも、いつしか私を心配そうに見つめていた。
「京香……? 少し良くなってきたから、ちょっと休憩しても」
「いいえ! 中途半端に治すのが一番危ないんです!」
幽香さんの言葉を強い口調で跳ねのける私。それほどまでに、私は必死になっていた。
五分も経っただろうか、ふいに幽香さんの手から感じられていた瘴気が薄くなり、揺らぎ始めた。私はここぞとばかり、残った力を一気に注ぎ込む。
「っ……ぅ……えぇいっ!」
繋いでいた手から光が迸り……瘴気が、消えた。
「ハァ、ハァ……」
肩で息をする私に、自力で立ち上がれるほどに回復した幽香さんが、声をかける。
「ありがと……凄いじゃない、あなたにそんな力があったなんて」
「ハァ……ハァ……いえ、これぐらい全然……」
唐突に、幽香さんの顔が揺らぐ。
「……! 京香、あなた……!?」
「ぇへへ……これで、あの時の借りは、返せ、まし、た……よ……」
揺らいでいた幽香さんの顔が、急に下に振れる。直後、後頭部に鈍い痛みを感じた。
「京香! 京香!?」
幽香さんの叫びが遠くに聞こえて……視界が、暗くなって……






目を開けると、そこは真っ暗だった。真っ暗で、目を開けたのに何も見えない。
「そっか……私は」
幽香さんを治すために力を注ぎこみ続けた結果、私の中の力を全部使い切ってしまったようだ。
と言う事は、私は。
「もう……幽香さんに、会えないのかな……?」
折角治ってくれたのに。折角恩返しが出来たのに。
無謀な事だとは分かっていた。だから、こうなることも予想していたし、後悔するつもりもなかった。でも、いざこうなってみると、やはりとても辛かった。
「そうだ……治しても、会えないんじゃ……」
もっともっと、幽香さんと一緒にいたかった。もっともっと、幽香さんに言いたい事があった。この間言いかけた事も、いつか言いたいな、なんて思っていた。
何よりも辛かったのは、幽香さんが、自分のせいで私が……と悔やんでいるかもしれない、と言うことだった。焦る頭で、そこまでは考えられなかったのだ。
思わず涙が溢れそうになった時、目の前が突然、光った。
ビックリしている間にも、光はどんどん大きくなって行く。本能的に、私はその方向へと向かって行った。
重い体を必死に引きずり、光の方へ……




「京香! 京香しっかりして!」
「……ん……?」
幽香に揺さぶられていた京香が、僅かに声を漏らす。
「京香!」
幽香の声を聞いて、京香がゆっくりと、微笑んだ。
「幽香……さん」
「もう! 無茶して……心配したんだから」
そう言う幽香の手からは、妖気が漏れ出ていた。京香を助けるため、自らの妖力を惜しげもなく注ぎ込んだ、その現れだった。
「……助けたつもりだったのに、助けられちゃいましたね」
「本当よ、全く……結局借り一つじゃない」
二人は言い合って、顔を見合わせて……そしてどちらともなく、笑い出した。
「京香……フフッ、ありがとね」
「幽香さんこそ、ありがとうございました……えへっ」






次の日、元気になった幽香さんと、元気になった私は、私が宿るキキョウの花の前で、二人してそのキキョウを見上げていた。
「これは……」
「……ちょっと、妖力注ぎ過ぎたかしらねぇ?」
周りの向日葵に隠れる程度の高さだったそのキキョウは、逆に周りの向日葵を超すほどの高さに成長していた。本来キキョウはそこまで成長しないはずだが、幽香の妖力が加わってこんな事になったらしい。
だが何より興味深いのは花の数だ。上部で幾重にも枝分かれした茎の先からそれぞれ花が咲いている。それはまるで、キキョウの花束のようにも見えた。
「まぁ、これはこれで……いいんじゃないかしら?」
「そう……ですね!」
そう言って、私は幽香さんに抱きついた。
「あらっ」
「幽香さん……大好きですよっ」
「あらあら、嬉しい事言ってくれるじゃない。私も大好きよ」
幽香さんは、私の言葉を本気には取っていない。でも……今は、それで良かった。
私がこの想いを伝えるか、伝えないかは、私が決める事。言える気持ちになった時に言えば良いな、と思っていた。
でも、昨日みたいな事があると……早めに伝えたくなっちゃうかも……
それでもやっぱり恥ずかしいので、せめてもと幽香さんを強く抱きしめる。この温もりから絶対に離れないと、心で誓いながら。
(私……ここに生まれて、良かった!)










Fin.

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